順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学 准教授
順天堂大学医学部附属順天堂医院 睡眠・呼吸障害センター長
葛西 隆敏TAKATOSHI KASAI
超高齢社会の到来によって心不全患者を在宅で診る時代となりつつある今、いかに早く在宅患者の増悪を察知するかが大きな課題となっている。睡眠時無呼吸グループでは睡眠時無呼吸症候群(SAS)のある循環器疾患患者に関する研究、在宅心不全患者への遠隔モニタリングシステム・遠隔リハビリテーションシステムの開発や、医療連携のさらなる推進に向けた研究など、時代のニーズをとらえた取り組みを進めている。
SASの治療で不整脈が改善した重症心不全患者に出会い、
循環器と睡眠の研究へ
循環器内科では、急性心不全のように初期対応によって生命が左右されることがあります。緊急の対応が迫られる中、自分でマネジメントしながら治療にあたるのは簡単ではありませんが、そこに醍醐味を感じて循環器内科に進みました。
睡眠に興味を持つきっかけとなったのは、SASを伴った重症心不全患者さんとの出会いです。当時は植え込み型除細動器(ICD)がまだ普及しておらず、夜間に頻発する持続性心室頻拍に対して常時院内にスタンバイし、呼ばれたら駆けつけて電気ショックをかける日々が続いていました。当時勤務していた虎の門病院でSASを専門としていた呼吸器内科医から指導を受けこの患者の致死的不整脈の発生にSAS(中枢性睡眠時無呼吸)が影響していることがわかり、当時としては新しい試みであった二相性陽圧呼吸療法(bi-level PAP)を使用することになりました。すると患者さんは落ち着いて眠れるようになり、不整脈も発生しなくなり、私も夜中に呼び出されなくなったのです。さらに心機能の改善も認め退院することができました。大きな衝撃を受け、それ以来ずっと循環器とSASについて研究しています。
順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学で博士課程修了後は、虎の門病院睡眠センターで循環器疾患とSASに関する臨床研究に取り組み、さらにカナダ・トロント大学に留学した際は心不全とSASの大家とされるDouglas Bradley教授の下で研究する機会を得ました。ちょうど帰国するタイミングで当大学の循環器内科にSASのセクションを新しく作ると聞き、順天堂に戻ってきました。
遠隔モニタリングにより、
睡眠時無呼吸症候群・心不全のある在宅患者の悪化を回避する
超高齢社会を迎えた日本では、首都圏を含むあらゆる地域で心不全の患者さんを在宅で診なければならない状況になってきました。しかし心不全を患うと、昼夜を問わず呼吸に何らかの異常が見られる上、万一増悪すれば入退院を繰り返すほど予後が悪化します。そこで、医療用・介護用ベッドメーカーとの共同研究により、睡眠中の患者の状態をモニターすることができるデバイスをもちいた「遠隔モニタリングシステム」の開発を始めました。患者の呼吸や心拍など複数の生体情報を遠隔送信し、心不全の増悪を早期に拾い上げるシステムです。2018年度の診療報酬改定でCPAPによる睡眠時無呼吸症候群の遠隔モニタリング加算が新設され、CPAP使用中のSASを有する心不全患者さんで心不全増悪によってCPAPの遠隔モニタリングデータによって呼吸の変化を検出することができることを認識し、CPAPなどのデバイスを使用していない患者さんでも呼吸のパラメータを入れた遠隔モニタリングによって増悪を早期に予測できるデバイスやシステムを開発することになりました。在宅に特化して心不全を診療するクリニックや在宅医療の先生方ともコラボレートしながら研究を進めています。
この遠隔モニタリングシステムの一部は、臨床研究を経て医療機器としてすでに承認されているものもあり、心不全に特異的なアルゴリズムが完成すれば実用化できる段階まで来ています。最近ではまた別の切り口の遠隔モニタリングシステム開発の相談もさまざまな企業から寄せられるようになり、この分野のニーズが高まっていることを感じます。
SASは、循環器内科と呼吸器内科、耳鼻科、さらにクリニックや在宅医療などが連携することが欠かせません。現在、他分野とタッグを組んで包括的に介入することで、患者のQOLが向上するか、入院が減るかどうかを検証する研究も進めています。おそらく遠隔モニタリングの情報をクリニックや在宅医療の先生方とシェアしながら研究を進める方向になっていくと思われ、一部の地域ですでに導入され成功している連携パスの導入やそれに関する研究も今後力を入れたいテーマの一つです。
心不全と睡眠時無呼吸症候群に関するグローバルな多施設臨床研究にも参画
心不全のSASについてはトロント大学を中心に進むグローバルな多施設臨床研究が進行中で、私は日本の事務局業務を務めており当施設を含む国内6施設から症例をエンロールしています。日本でこの分野を専門とする人は限られていますが、私たちのグループが中心的な立ち位置で研究を牽引していけたらと思っています。
心不全とSASに関しては、いくつか論文も発表しています。急性期の心不全患者に対して入院中に睡眠検査を行う研究はそれほど多くないのですが、このような患者さんに睡眠検査を行ったところ、約7割がSASを有しており非常に高い合併頻度であることが分かりました。本データは論文として報告しており、こうした研究は今後も続けていく方針です。
睡眠時無呼吸症候群への治療介入と、
循環器疾患の予後の関連を明らかにする研究が進む
ここ数年睡眠時無呼吸症候群にCPAPなどの陽圧呼吸療法で介入しても予後が改善しないという結果に終わった大規模臨床試験が複数報告されました。これらの結果には、治療に対するアドヒアランスの問題などが影響し研究がうまく進まなかった可能性が高いと推察しています。こうした教訓を活かし、現在、私たちがカナダなど海外の研究者と進めている心不全患者における研究では、日本の陽圧呼吸療法に関する診療と同じようにアドヒアランスを保つために、使用中アドヒアランスの確認がこまめに行われるなど、より日本の臨床に即したプラクティカルな研究になるだろうと考えています。
また、今までの介入方法はCPAPなどの陽圧呼吸療法一辺倒だったので、他の選択肢を検討することも必要です。CPAPなどの陽圧呼吸療法では、心不全患者においてはかえって状態を悪くする可能性もあることが長く懸念材料だったため、CPAPに代わる代替療法についても議論もされるようになりました。例えば、海外ではペースメーカーのような植え込み型デバイスが使われるようになっています。日本での導入は未定ですが、そういった最新の機器を先んじて取り入れて介入すれば、5年先、10年先に新しいことが見えてくるかもしれません。
睡眠時無呼吸症候群の治療薬にも注目しています。今までそういった薬剤はなかったのですが、最近になっていくつかの報告が出始めたため、当グループも治験に参加したり、独自の臨床研究を行っています。薬剤を使うことで、循環器疾患がある人にも何らかのメリットが得られたらうれしいですね。
心不全は「循環器の中の総合内科である」
という視点で診療・研究に向き合う
心不全は疾患概念が曖昧で、最近になってようやく一つの疾患カテゴリーとして確立された分野です。合併症が多く全身を診ないといけません。よく後輩にも話すのですが、心不全を診るときは「循環器の中の総合内科」という位置づけで診る必要があると思っています。患者のQOLを維持して生命予後を良くするためには、常に他臓器連関を考慮し、心臓以外にも目を向けなければなりません。もちろん睡眠時無呼吸症候群もしかりです。循環器内科医として“循環器”を見るだけでなく、さまざまな合併症の管理も必要となるのは大変ですが、大きなやりがいのある分野です。
一方、研究においては、循環器に限った話ではありませんが、とにかく気合いと根性。それしかないと言ってもいいくらい、研究に傾ける情熱を大切にしてほしいと思います。それと同時に、今は研究するなら語学ができないと始まらないので、若いうちから少なくても英語力は磨いておくことをお勧めします。私が留学先で臨床研究をしていた頃は、現地の患者さんに研究協力をお願いする必要がありいろいろな苦労がありました。当グループでは海外製の医療機器や研究装置を扱うことが多く、海外の医療機器や研究装置のメーカーとの直接のやりとりが日常的に発生します。海外の学会で発表する機会が生じてから火がついたように勉強するのではなく、その前からウェブカンファレンスや学会で質問するのを習慣にして、日頃から英語に慣れておくとよいと思います。
葛西 隆敏TAKATOSHI KASAI
1998年順天堂大学医学部卒業後、2006年医学博士取得(循環器内科学) 。国家公務員共済組合連合会虎の門病院睡眠センター、カナダ・トロント大学睡眠医学科研究員などを経て、2018年より現職。2006年臨床呼吸生理研究会奨励賞、2010年Toronto Rehab 6th Annual Research Day Poster Award、2012年福田記念医療技術振興財団論文賞などを受賞。
専門は睡眠時無呼吸症候群、心不全。