順天堂大学医学部循環器内科学講座 准教授
順天堂医院循環器内科 医局長
林 英守HIDEMORI HAYASHI
不整脈の中でも頻度の高い心房細動においては、いかに脳梗塞や出血のイベントを回避するかが大きなテーマの一つです。不整脈グループでは、患者の予後データを読み解く登録研究のほか、CT画像などの患者情報をAIに落とし込んだイベント予測の構想も進むなど、不整脈の未来を視野に入れた研究を展開しています。
患者が劇的に改善するカテーテルアブレーションに魅力を感じ不整脈の道へ
初期研修で消化器内科や呼吸器内科などを一通り経験したとき、消化しきれないことが多かったのが循環器内科でした。
心残りがないようしっかり勉強し直したいと思ったのが、循環器内科を選んだきっかけです。
一昔前の不整脈治療は、白黒の心電図や複雑な心内心電図を見て、頭の中で不整脈の回路を解析するようなマニアックな世界でしたから、循環器内科の中でも不整脈分野を敬遠する研修医もいました。でも、当時の私にとって、循環器内科、特に不整脈専門の先輩医師は輝くような存在。「どうしたら心電図が読めるようになれるんだろう。早く読めるようになって不整脈を極めたい!」と強く思ったのをよく覚えています。
当時はまだ薬物療法が不整脈治療の中心にある時代でしたが、私が研修医時代を過ごした病院は不整脈の非薬物治療にも力を入れていたため、早い時期からカテーテルアブレーション(以下:アブレーション)に取り組んでいました。そこでアブレーションと出合ったことが、不整脈の道に進む契機となりました。アブレーションは心臓外科手術よりは侵襲度が低く、一つの手技で患者がドラスティックに改善する治療です。苦しんでいた患者がアブレーションによる治療を受け、笑顔で退院していく姿を目の当たりにすると、つくづくやりがいのある分野だと感じます。
地道な研究を、心房細動の進行や脳梗塞・出血イベントの早期発見に活かす
大学病院では単に不整脈の患者を治療するだけではなく、治療の成功率が高く、医療の恩恵が受けられるのはどんな人なのかという背景も考える必要が出てきます。そこで私が携わるようになったのが、心房細動治療後の患者の患者登録および予後調査です。これは、当院やその関連病院で心房細動の治療を受けた患者を登録し、3年間の予後を見ていくものです。2020年に約4000例のデータが一通りそろったので、治療後3年間で、脳梗塞や心不全、あるいは大出血のイベントなどがどの程度、発生したかを分析しています。
この調査は地道な努力が必要で、ともすれば地味な研究といってもいいかもしれません。でも、ようやくリアルワールドな心房細動治療の現状が見えてきました。例えば、高齢になるほど脳梗塞の発症率が高く出血の合併症も多くなること、さらに、脳梗塞の既往があれば二度目の脳梗塞を発症したり、出血の合併症リスクも高いことが具体的に分かりつつあります。今後は切り口を変えたサブ解析も進めていきます。
発作性の心房細動であれば、アブレーションによってほとんど治癒することが期待できます。しかし、成功率が高くないのがどんな人なのか、明確な指標はまだありません。現在のところ、心房細動の罹患期間が長くなり、左心房が拡大した症例や、高血圧・糖尿病などの生活習慣病などを合併している人はアブレーション後の再発リスクが高いとされますが、それだけではまだ曖昧です。もっと明確で、且つ従来にはない指標で心房細動の進行を予知できればと考えています。
心房細動を患者自ら早期発見するような未来を見据えた研究を
不整脈の発生機序や原因、治療などはまだ研究途上の段階で、アブレーションをもってしてもすべての患者が100%治るわけではありません。しかし、心房細動は加齢によって今後確実に増えてきます。そこで重要になるのが、脳梗塞になる前に早期発見することです。心房細動に限らず、どんな病気も「いかに早く見つけるか」がカギとなります。アブレーションを受ける必要性を検討する前に、いかに早期に診断・治療するか。これは今後の研究の大きな柱の一つになると思われます。脳梗塞を起こす前、心房細動があると分かった時点で治療に介入すれば、脳梗塞や出血のイベントは減らせるはずです。
例えば、今後は着用型のウェアラブルウォッチで不整脈が発見できる時代がじきにやってくると思われます。そうなれば、わざわざ健康診断を受けなくても、自分で健康管理して、気づいたタイミングで医療機関にかかることが可能となるでしょう。時間が経過しないうちに心房細動を治療できれば、アブレーションの成功率が上がることは、私たちも日々実感しています。早期発見・早期受診が実現すれば、今はアブレーションの成功率が高くない患者についても、しっかり脳梗塞を予防して不整脈とうまくつきあっていくための治療の選択肢が広がるだろうと思います。
治りにくい不整脈の背景にある
心房リモデリングやバイオマーカーの研究も進む
心房細動は時間の経過とともに進行し、心房リモデリングが進んでいく不整脈です。けれでも、そうなってからでは治りづらいので、心房リモデリングが進むのはどんなタイプの人かを突き止めることも大きなテーマです。不整脈が持続する持続性不整脈は心房リモデリングが進みやすく、アブレーションを行っても高い治療効果が得られません。そこで採血やCT画像などのデータから、発作性と持続性の心房細動患者を比較しています。
また、心房リモデリングを促進し心房細動を進行させる因子とされる、バイオマーカー(炎症マーカーや線維化マーカー)に関する研究も進んでいます。アブレーションを受けた全患者をチェックして、持続性心房細動の人やアブレーションの成功率が低い人に特異的なマーカーがないかを見ています。
CT画像などの情報をAIに落とし込み心房細動の再発予測を可能にしたい
不整脈グループで現在、構想中の研究の一つが、AIを活用した心房細動の再発予測です。心房細動でアブレーションを受ける人は原則的に心臓造影CTを撮るので、その画像をはじめとするあらゆる情報をAIに落とし込んで学習させます。AIの活用が現実のものとなれば、CTによる左心房の形態(構造)から再発率を予測できるようになり、治療方針の道筋が立てやすくなります。今までの登録研究では目の前の患者を見てきましたが、そこで得た情報に、バイオマーカーや画像情報、そしてAIを組み合わせて、治る人を早く見つけて治し、一人一人の心房細動患者さんに合った、適切な医療を提供したいと考えています。
アブレーションを行う施設は限られますが、CTが可能な施設はたくさんあります。この診断アルゴリズムが確立すれば、CT画像からアブレーションを行う施設に紹介する・しないが迅速に判断でき、連携も非常にスムーズになります。こうした術前の標準的な評価、予測が可能になることが、この研究の意義だと言えます。従来は経験を積んだ医師の応用に頼らざるを得ず、経験の浅い医師が心房細動のアブレーション後再発を予測するのは困難なところがありました。でも、標準的な評価、予測が可能になれば若手医師の教育にも役立つ上、患者さん本人、ご家族への術前のインフォームドコンセント(説明)にも活かせるようになります。
不整脈はデジタルに強い若手医師にも活躍の場が広がる分野
今の若手医師は器用な人が多く、アブレーションの画像や3Dマッピング、立体構築などの作業を非常にうまくこなします。アナログから3Dデジタルの時代へと変わった今、3Dに慣れている若い医師にとって循環器内科は入りやすい分野ではないでしょうか。
しかも、外科的な治療が内科医にできるのが循環器内科の醍醐味ですが、その傾向は今後さらに進んでいくと思われます。
そう考えると、今後の不整脈診療は、経験だけでなく、新しい発想も活かせる分野になっていくでしょう。新しいテクノロジーを取り入れ、デジタルの画像解析に早く順応できる若手医師がベテランと同じように治療できるようになる、そんな時代が訪れるのもそう遠くない将来ではないでしょうか。
林 英守HIDEMORI HAYASHI
1999年順天堂大学医学部卒業。仙台市立病院内科での研修を経て、順天堂大学医学部循環器内科学講座へ。2010年医学博士取得。2007年日本心臓病学会Young Investigator's Award優秀賞受賞。2014-15年Barts Heart Centre(London, UK)に留学。
専門分野は不整脈、デバイス植込み、カテーテルアブレーション。