順天堂大学大学院医学研究科 准教授
順天堂医院循環器内科 外来医長
磯田 菊生KIKUO ISODA
磯田菊生医師は循環器分野で手付かずにされていた抗炎症性サイトカインと心血管疾患との関連にいち早く着目。炎症免疫制御・血管生物学グループではその研究をさらに進化させ、現状の治療にさらなるプラスαをもたらすべく炎症免疫制御の視点から新たな可能性を探っている。
炎症と心血管疾患の関連を解明したいという思いから研究の道へ
循環器内科は、患者が短時間で回復していくのを実感することが多い診療科です。詰まった血管がカテーテルインターベンション(PCI)によって血液が速やかに流れ、同時に痛みが取れて楽になる。リハビリテーションを含めても7~10日程度で退院できる。このように治療行為がすぐに結果に現れることにやりがいを感じました。もともと私は物理や数学が好きでしたから、血行動態のように理論的にそれらが絡む分野にも興味があり、選ぶなら循環器内科だと思い至りました。
防衛医科大学校での研修医時代は、当時まだ出始めたばかりの血管超音波や血管内視鏡を使って血管壁を細かく見る機会が多くありました。そのとき、いま目の前に見えているものは何なのか?という病理学的な関心が湧き、さらに血管における分子生物学的なことにも目を向けるようになりました。
1990年代後半、動脈硬化は慢性炎症からくる疾患ではないか、炎症を制御すれば動脈硬化だけでなく、それに付随する心筋梗塞・脳梗塞を予防できるのではないかと言われていました。「HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)だけでなく、抗炎症薬でも効果があるのではないか」そんな疑問を解決したいという思いが研究への熱意に変わり、現在に至っています。
炎症性サイトカインを抑えて免疫を制御する「IL-1Ra」の可能性にかける
防衛医科大学校に在籍したころから取り組んでいたのは、体内に存在する炎症性サイトカインのIL-1(インターロイキン-1)に関するものでしたが、このテーマはすでに他でも研究が進んでいました。一方、IL-1を抑制するIL-1Ra(IL-1レセプターアンタゴニスト)については循環器分野で誰も手がけていなかったため、IL-1よりむしろIL-1Ra のほうが日本でも世界でも新しい視点なのではないかと考え、2000年頃にテーマを軌道修正しました。以来、IL-1Raに関してはファーストオーサーとして多くの論文を発表してきました。
私自身は現在もIL-1Raを研究していますが、当グループでは別のテーマの研究も多く進行しています。例えば、時計遺伝子の中で、免疫制御に関与する遺伝子と炎症亢進に関して研究する大学院生もいます。
また、高血圧性腎症に対するIL-1β中和薬や、IL-1Raの効果に関する研究も進んでいます。これについてはポジティブデータが出ていて、当グループからヨーロッパ心臓病学会でオンデマンド発表を行いました。今後は論文化が進む予定です。
循環器におけるIL-1Ra分野の先駆者として
IL-1RaがIL-1を抑制しなければ、血管傷害後に新生内膜肥厚や動脈硬化促進をもたらすことが分かりました。さらに、動脈硬化が促進して不安定プラークが発生することも明らかになっています。IL-1Raがプラークの安定化に働き、動脈硬化を安定化させて心筋梗塞を予防するとの結果は、米国で発表された大規模スタディとほぼ合致する結果となり、私の研究の方向性は間違っていなかったことが証明されたと思っています。
IL-1Raは、腎臓病や動脈硬化、動脈瘤など、体のあらゆる部位に関与するため、大きな可能性を秘めています。体内に存在する生理的物質ですから副作用もなく、非常に有用な物質ではないかと思います。しかし、血液やリウマチの分野ではIL-1Raの研究が行われているものの、循環器疾患に関しては今でも国内でほとんど行われていません。そのためか、種々の雑誌のエディターより他の研究者の論文の査読や評価を依頼されたり、海外の雑誌からコメントを求められることもあります。
現状の治療にプラスαをもたらす、新しい抗炎症治療をめざす
IL-1β中和薬はすでに世に出ていて、その効果についてもすでに明らかにされています。しかし、今以上に適切な、しかもまだ発見されていない投与方法があるかもしれません。IL-1Raの未解明な部分を明らかにし、コスト面・安全面の両方でメリットのある抗炎症治療の可能性を広げたいと考えています。
免疫制御によって二次的な心筋梗塞・脳梗塞を予防するために、新たな着眼点から動脈硬化などの心血管疾患を予防する方法を開発しています。例えば、心筋梗塞・脳梗塞を予防するためにスタチンが使われていますが、薬でコレステロール値を下げるだけでは不十分です。プラスαとなる治療を見つけるべく、炎症免疫制御に関する研究に臨んでいます。
また、当グループではIL-6に関する研究にも取り組んでいます。IL-6を抑える薬剤としては生物学的製剤のアクテムラがすでに使われていますが、IL-6に関しても同様により適切な投与方法の道筋を立て、日本発の抗炎症治療が証明できたらと思います。
臨床で感じたことを証明できる基礎研究のおもしろさを体感
大学の研究棟は、私が留学したHarvard Medical Schoolの附属研究施設に勝るとも劣らないくらい、非常に設備が整っています。循環器内科のカテーテル件数は国内の大学病院の中でもトップクラスで、臨床と研究の両面で経験を積むにはたいへん恵まれた環境だと思います。
私はインターベンションの専門医として、カテーテル治療や監督・指導を行いながら、研究を進めています。当大学の良さの1つは、このように臨床と並行して研究に携わることができる点です。両立するための時間のやりくりは必要ですが、それだけチャンスが広がっているとも言えます。臨床で感じたことを基礎研究で証明できるのは、医師として、研究者として、大きなやりがいを感じる瞬間です。
最近の傾向として、若い医師は臨床研究に関心を向ける人のほうが多いようです。臨床研究は、データベースを組み合わせれば何らかの有意差が出るなど、取り組みやすい点が魅力です。一方の基礎研究は、毎日少しずつ細胞なりマウスなりを使ってじっくり向き合っていかなければなりません。けれども、世界的な発見ができる可能性が高いのは基礎研究だと言えます。一生のうち数年間でもみっちり研究に従事することで、新しい発見と出会い、その成果は確実に残ります。こうした基礎研究ならではの醍醐味を、ぜひ一緒に体感してほしいと願っています。
磯田 菊生KIKUO ISODA
1991年防衛医科大学校卒業、2002年東邦大学大学院医学研究科博士課程修了。米国Harvard Medical School循環器内科留学などを経て、2014年より現職。2003年度日本循環器学会YIA優秀賞、2005年日本動脈硬化学会若手研究者奨励賞、2006年アメリカ心臓学会(AHA)Merit Awardなどを受賞。
専門は虚血性心疾患、動脈硬化、カテーテルインターベンション、分子生物学。