順天堂大学医学部循環器内科学講座
心臓リハビリテーショングループ
横山 美帆MIHO YOKOYAMA
心血管疾患罹患後の再発予防やQOL改善として心臓リハビリテーション(以下、心リハ)の効用が明らかになってきた。順天堂大学では20年前から心リハに着目し、実践を重ねている。スポーツ健康科学部、医療看護学部、保健医療学部のエキスパートとの協力体制の下、科学的な視点で個々の患者さんに合わせた多面的・包括的プログラムを開発し、長期にわたりサポートする。一生に渡って寄り添える人間味溢れた医療を目指す。
慢性疾患の患者の一生に寄り添い支えられる循環器内科医を目指す
心臓は、身体の中で唯一、拍動する臓器であり、それを自分の目で確認できることにおもしろさを覚えました。内科的な手術もあり、術後も患者と途切れなく付き合えるところにやりがいを感じました。最初は、カテーテルインターベンション等の急性期治療への興味から入ったのですが、急性期の心血管治療が進歩した現在、慢性期の治療、再発予防も大きなテーマです。循環器診療では、急性期の治療技術が発展し、救命率は向上しましたが、現在増加の一途をたどる心不全など、慢性疾患を持つ高齢者が増える中でそのフォローの必要性を強く感じました。
私は、学生時代までは健康優良児だったので、研修医になってからも患者の置かれた境遇が実感できず、悩ましく思っていました。しかし、医師として働きだしてからメニエール病でめまいに悩まされ、自分自身が慢性疾患と付き合っていかなければならない辛い状況に立たされました。そんな中、働き方や生活のアドバイスをくれた医師の存在が当時の私にはたいへん救いとなりました。これがきっかけとなり、慢性期疾患への関心と意欲が高まりました。
患者の努力で治療できる心リハに強い関心を抱く
順天堂大学では20数年前に心リハを開始しています。2006年に慢性心不全、大血管疾患、末梢動脈閉塞性疾患が新たに心リハの保険適用となり、自分自身の病気の経験を経て、循環器内科医として実際に病棟で働くようになり、さまざまな疾患の患者と幅広く関わり、何よりも患者自身の頑張りを末永く支えていく心リハの治療に魅力を感じました。さらには、循環器内科専攻医時代に順天堂大学浦安病院の心リハの立ち上げに携わらせていただいたことをきっかけに、サブスペシャルティとして専念することに決めたのです。
心リハには、すでにたくさんのエビデンスがありますが、虚血性心疾患に対して、なぜ再発予防効果があるのか、具体的に検証したいと考えました。カテーテルで血管を広げて治すインターベンションにはインパクトがあります。心リハの効果も、例えば動脈硬化の変化を画像で示せば、患者自身は効果を目に見える形で実感することができます。そこで、心リハ、なかでも運動療法が動脈硬化にどのように効果があるかを調査した私たちの研究を紹介します。
急性冠症候群の患者さんをインターベンション治療した後、入院中に心リハを行い、心肺運動負荷試験の結果から運動処方を作成し、退院時には日常活動量を含めた退院指導をし、外来心リハへの参加を促しました。退院後の患者さんの日常活動量で、1日の平均歩数が7,000歩以上の群と7,000歩未満の群に分けて8ヵ月後に血管内超音波で冠動脈プラークの量や質(脂質成分)の変化を比較しました。その結果、7,000歩以上の群では7000歩以下の群と比較して、プラーク量の減少がみられ、また脂質成分が少なくなっていました。積極的な身体活動は、プラークを減らすだけでなく安定化するということがわかりました。心筋梗塞は、プラークが増えていくというよりも、そのプラークが不安定になって破綻することによって発症することがわかっています。心筋梗塞になった方は、インターベンションで治療した以外の部分にも、不安定なプラークが存在することが知られています。血管のインターベンションをするだけでは、再発予防はできません。いまだに急性心筋梗塞が増加の一途をたどっていることを考えると、積極的な身体活動を含む生活習慣改善、包括的心リハは、主要な心血管治疾患療法の一つと考えられます。この研究結果は、 臨床的な運動療法の普及に役立つばかりでなく、予防医学の観点からも国民の保健衛生に及ぼす影響は大きいと考えています。実際に、私達は、基礎研究では動脈硬化モデルを使って、実際にマウスを使ってケージをぐるぐる走らせると、動いたマウスでは、動脈硬化が少ないという結果、身体活動が動脈硬化病変を抑制することも検証しています。
日本ではまだ少ない心リハ施設。
オンラインでの連携の可能性に期待が高まる
心リハは、虚血性心疾患に関しては、心血管死亡を26%、心不全においては,再入院率を39%低減するというように、その効果は確かなものですが、普及率、実施率がいまだに低いのが、問題点です。虚血性心疾患である狭心症・心筋梗塞・心臓バイパス手術後の心リハの実施率は、海外では約30~40%ですが、日本では4%~8%程度と非常に少ない。また、我が国の心不全患者における心リハ実施率は、入院と外来ともに実施している率は7%でした。外来での心リハを行う施設が少ないことも問題ですが、そもそも心リハという言葉を知っている患者さんが少ないことも問題です。ですから、この心リハを行う施設を増やし、その質を良くするとともに、社会においてこの認知を増やすことがきわめて重要だと考えています。私達は、心リハを必要とする患者の窓口として、2010年に心臓リハビリテーション外来を開設しました。ここでは心臓の手術は別の病院で行っても、患者さんの情報提供および連携を行いながら、心リハだけこちらで引き受けることも可能です。現在、心不全チームとも協力して心不全外来も併設しています。急性期加療後の心不全の患者や、術後まもない患者を細かく診察し、入院から外来につないでいく連携もさらに強くなりました。
病状にもよりますが、例えば3カ月に1回程度、保健指導や身体機能、運動状況のチェックする二次予防外来の役割も担っています。
また、日本の超高齢社会においては、心筋梗塞や心不全の患者さんもどんどん高齢化しています。そのようななかで一番問題になるのが、フレイルです。フレイルとは、加齢に伴い様々な機能変化や予備能力の低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態で、筋肉量の低下(サルコペニア)や生活機能障害、免疫や神経内分泌などの異常が複合的に関与しており、身体だけでなく精神的、社会的なフレイル状態があるといわれています。このフレイルが患者さんの予後を悪くしていることから、現在の心リハの概念には、運動療法、カウンセリング、患者教育による運動耐容能の増加と生活の質の向上による再発予防・長期予後改善に、フレイルの予防や心不全の疾病管理が加わっています。日本人のデータが少ないため、今までは海外のデータを使用することが多かったのですが、現在は少しずつ日本人のデータを蓄積できるような体制が整ってきました。最近では、高齢者にも効果的な新規プログラムの開発にも力を入れています。結果が見えてくることで患者さんのモチベーションも上がり、相乗効果が生まれます。
また、現在は、新型コロナウイルスの影響で、心リハを提供する機会や場所が縮小となっている施設も多くあります。我々は、自宅で実施可能な心臓リハビリテーションプログラムの動画も作成、提供して、コロナ禍で、患者が来院しなくてもオンラインでプログラムを実施することも試みました。オンラインであれば、遠隔の施設とも連携が可能です。オンラインでは、繋がっているという安心感、連携感が患者さんのモチベーションに繋がっているのではないかと思います。昨今、心電図等のモニタリングが非常に進歩していますので、可能性が広がります。心疾患患者は鬱や不安障害を併発するケースが2〜4割に認めます。身体面のみならず精神面でのサポートも必要だということを改めて再認識させられました。今までに、私たちは50人前後のクラスで太極拳教室を実施していました。今後は1:1のオンラインだけではなく、患者同士の繋がりも図れるようになればとよいと思っています。
健康に関するさまざまなエキスパートと連携できる最高の環境
ご存知のように、順天堂大学は医学部とスポーツ健康科学部、医療看護学部の3つの学部があり、疾病のない患者であってもメディカルチェックをし、運動処方のもと、運動指導と保健指導を多職種チームで支えるという健康スポーツクリニックが1993年に創立されました。現在、私たちは健康スポーツ室で、多職種と連携しながら、診療、研究が進められるという非常に恵まれた環境に置かれています。2019年には、保健医療学部が新設され、心リハの経験がある理学療法士にも関わってもらっています。それぞれの専門性がありますので、その存在は大きいです。
心リハ研究の醍醐味の1つは運動耐容能への効果です。臨床の現場で、冠動脈バイパス術後の患者さんが、糖尿病の有無で運動耐容能の改善の違いがあることを感じて、その疑問に対して検証をしました。運動耐容能、筋力、筋肉量の反応には血糖のコントロールが関連していることが分かりましたが、そのメカニズムに関しては、まだまだ科学的に検討する余地がある分野です。健康スポーツ室で終末糖化産物を測定したり、患者の協力のもと、さまざまなデータを取り、検証しています。
どの患者にどのプログラムがよいのか個別に対応する必要があると考えています。高齢者の虚弱(フレイル)の具合によっても、反応は変わってきます。プレフレイルであれば、実施したら元に戻る率が高いので、予防改善が期待できます。病気になる前に実施するとより効果があるということは臨床ベースで実証できました。
運動耐容能に関係してくる要因は個々によって違い、様々なメカニズムが関係しています。新しい指標も取り入れながら、プログラム開発を進めています。
地域の運動施設とも連携してプログラムを広げていきたい
科学的に実証されたプログラムを提供し、患者に分かりやすい指標を示すことは患者のモチベーションにつながります。今まで、中々運動を始められなかったり、続けられなかった人も、コロナ禍で、健康意識が高まっているように思います。心リハのプログラムを地域の運動施設に提供し、どこでも気軽に運動療法ができれば、早期発見、再発予防につながり、慢性的な疾患を抱える人が少なくなると思います。
当大学は地域のフィットネスクラブとも提携し、維持期の方は運動処方をフィットネスクラブで行うという取り組みが始まっています。また、双方向的に定期的に勉強会も行い、情報交換もしてきました。医学的に提示できるプログラムを地域にどんどん広げていければいいと思っています。
循環器学は急性期から慢性期にまで、患者さんに長く寄り添う分野でありますが、最終的に長期予後、QOLを改善するのは、心臓リハビリテーションです。予防から始まってより患者の近くで長く付き合えるところに心リハの魅力を感じています。心リハは学問的にもまだまだ開発途上で、プログラムを開拓するところにやりがいがあります。より多くの人に関わっていただければうれしく思います。
横山 美帆 MIHO YOKOYAMA
2000年香川大学医学部卒業。