Story 南野 徹 ‐ あゆみ・経歴

Story
  • はじめに

    私はある日見つけた総説の記事を契機にテロメア・テロメラーゼと血管老化について研究しようと決心しました。これが偶然や運命と呼ばれるものなのか、私にはわかりません。
    ただし私は、「何事にも偶然はなく、運命にじっと身を任せるよりは、運命を切り開いていきたい」といつも思っています。
    そのような私の最近20年の経験をご紹介したいと思います。

  • 基礎研究への入り口
    —東京大学医学部第三内科

    卒業後5年間は循環器内科医として臨床研修を行いました。私も他のヒトたちがそうであるように、循環器内科の臨床のダイナミズムに惹かれてこの道を志しました。しかし、日常臨床の流れに徐々に慣れてくると、個々の疾患の病態生理に興味が移りました。特に印象に残っていたのは、家族性の拡張型心筋症の症例でした。
    当時は原因となる遺伝子が存在するかどうかも定かではなかった時代ですが、その遺伝子を同定することによって拡張型心筋症が治療できるのではないかと考えたのです。

    東京大学医学部

    東京大学医学部

    そこでその頃、循環器領域の分子生物学研究のメッカであった矢崎義雄先生の研究室の門をたたいたところ、研究生として参加させていただけることになりました。当初は、小室一成先生(現東京大学教授)が率いる心不全グループに所属する予定でしたが、矢崎教授の勧めもあり、栗原裕基先生(現東京大学教授)がチーフをされていた血管グループに配属されました。そこでは、世界的にも研究が盛んとなっていたエンドセリンと動脈硬化についての研究をさせていただくことになりました。

    初めて栗原先生の研究室に伺った日に、「南野君、引き出しはどこにする?」と言われたのを覚えています。当時は、矢崎先生の研究室でもそれほど広いスペースはなく、10名ぐらいのヒトたちが6−8帖ぐらいの広さの研究室で、朝から夜中まで必死に研究していました。私は引き出しを一つもらい(3年の間には4つの引き出しを所有することができました)、研究をスタートさせましたが、朝の実験台の取り合いに破れると、遠心機のふたの上で実験していたことも良く覚えています。

    3年目にはなんとか学位論文を仕上げる目処がたっていたので、次は自分が一生取り組むことができるテーマを探そうと考えました。ある日、図書館に行くとテロメラーゼに関する面白い総説に目が止まりました。ヒトのがん細胞で簡単にテロメラーゼ活性が測定できる方法が開発されたという記事でした。この頃はまだテロメラーゼは、分子としては同定されていませんでしたが、酵素活性としては検出が可能となっていました。私はこの記事に大変興味を持ち、以来テロメアやテロメラーゼと血管老化について研究しようと決心したのです。

  • 血管老化研究の開始
    —ハーバード大学医学部

    テロメアは染色体の両端に存在しその安定性に寄与しています。残念ながら私たちのDNA複製は完全ではなく、分裂するごとにテロメアは短縮します。ある一定の長さまでテロメアが短くなると、細胞は短縮したテロメアをDNAダメージと認識してp53依存性の細胞の老化が誘導される訳です。これに対してテロメアを付加する酵素がテロメラーゼですが、がん細胞や幹細胞を除いてはその活性が低いために通常の細胞ではテロメアは分裂とともに短縮してしまいます。私はこのような細胞レベルの老化が血管の老化を引き起こしているのではないかと仮説を立てたのです。

    そこで私は新しい研究を始めるために、海外へ留学することを考えました。しかし、その頃のテロメア研究のほとんどが、がん細胞で行われており、血管生物学を専門にしている研究室では、血管の老化研究さえ行われていない状況でした。テロメアで有名な研究室でサポートを得ながら血管の研究をするか、あるいは、サポートのない血管の研究室でテロメアの研究をするか悩みましたが、自分の実力を試すためにも後者を選ぶことにしました。そこで、ハーバード大学で血管を専門に研究室を主宰しているStella Kourembanas先生に面接をお願いして、サブテーマとしてテロメアの研究をさせていただけないかお願いしました。彼女は、低酸素と血管新生や血管リモデリングについて研究されている方でしたが、すぐに快諾していただきました。このようにして私は、「低酸素と血管新生」と「テロメア・テロメラーゼと血管老化」についての研究をスタートさせることができた訳です。

    ボストンでの生活は貧乏でしたが、大変楽しいものでした。ポスドクの給料は安く、州政府から卵や牛乳のクーポン券など様々な補助を頂いたほどです。その補助を受ける際のアンケートで、紙や土など食べ物以外のものを口にしたことがあるかと尋ねられ、驚いたことを覚えています。研究室では、臨床のデューティーもないので、朝から夜中まで実験することができました。週末も返上して実験していたので、家族からはよく非難を受けましたが・・・。2年目にはいろいろ結果が出たので、論文を投稿していましたが、非常に厳しい批判を受けました。

    私が住んでいたボストン近郊の航空写真

    私が住んでいたボストン近郊の航空写真

    あるレビューアーからのコメントで、「どうしてテロメアやテロメラーゼを血管で研究する必要があるのか?」などといった身も蓋もないようなお返事を頂くばかりでした。3年目も終わりに近づいた頃、日本ではバブルの崩壊後の不況が長引いていました。私の父も会社を経営しておりましたが、その煽りをうけ、それを契機に私は帰国することを決意しました。

  • 帰国後の血管老化研究
    —千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学

    帰国当初は、母校である千葉大学の関連病院に勤務しました。数年ぶりのカテーテル治療などはやや緊張しましたが、非常に楽しいものでした。血管の老化研究に関しては、3年間の留学で全く成果が出なかったので、ほぼ断念していました。しかし、毎日のように緊急入院してくる患者さんに血管形成術を行っても、また別の血管病変で狭心症・心筋梗塞を起こして再入院してくる姿をみて、やはり根本的な治療法を開発しなければならないと感じていました。
    ちょうどその頃、なかなか受理されなかったテロメア・テロメラーゼと血管老化の論文*1がようやく受理されることが決まり、また血管の老化研究を再開する決意を固めました。カテーテル検査の合間を縫って、週に半日だけ研究を続けました。その後も、留学中の仕事に関する論文を粘り強く投稿し続け、「低酸素と血管新生」と「テロメア・テロメラーゼと血管老化」に関してそれぞれ1報ずつpublicationを得ることができました*2,3。

    千葉大学に戻ってからは、当時赴任された小室教授のご許可を頂き、血管老化や血管新生の研究を続けることになりました。この頃には、血管におけるテロメアや細胞老化研究は世界的にも認められつつあり、大学に戻って以来、テロメア依存性の細胞老化が血管老化に重要であること*4,5、テロメア非依存性の細胞老化シグナル(アンジオテンシンIIやインスリンシグナル)も血管老化に重要であることなどを発表することができました*6,7。特に初めてNatureに受理された心不全に関する論文が、留学中に行っていた2つのテーマ(低酸素とp53)を融合させるような内容となったことは、大変感慨深いものがあります*8。その後、テロメアが糖尿病とも関連があるというデータをNat Medに発表することができたことも、大変うれしく感じています*9。

    当時の千葉大学医学部近郊の航空写真

    当時の千葉大学医学部近郊の航空写真

  • 千葉大学から新潟大学、
    さらに順天堂大学へ

    その後ご縁があり、2012年から新潟大学の循環器内科学講座を主宰させていただくことになりました。千葉大学で大量に飼育していた遺伝子改変マウスや研究設備を新潟大学へ移動させることにかなりの時間を費やしましたが、新潟大学においても「細胞老化研究」をさらに発展させることができました。千葉大学時代に発表したNatureやNat Medでは、加齢やストレスにより、心臓や内臓脂肪に老化細胞が蓄積(臓器老化)すること、そのような心臓や脂肪における老化細胞の蓄積がそれぞれ心不全や糖尿病の発症や進展に関わっていることを明らかにしましたが、新潟大学ではさらにその研究を発展させ、心臓が老化すると内臓脂肪が老化することで代謝が悪化し心不全が増悪すること*10、セマフォリンという分子が脂肪老化と糖尿病を結ぶ鍵分子であること*11、血管が老化すると糖尿病になりやすくなること*12などを明らかにすることができました。

    さらに今回、順天堂大学循環器内科学教室で活躍する機会をいただき、それらの研究を発展させ、蓄積した老化細胞を除去(Senolysis)すると健康寿命延伸につながることを明らかにしています。これを機会に改めて、ここまで研究を継続できたのも多くの方々のおかげであると肝に銘じ、さらに意義のある研究を目指して頑張りたいと考えています。

    老化関連疾患の発症・進展

  • おわりに

    医学研究の分野は、基礎・臨床ともに無数に存在します。しかし、一つの分野、つまり自分が進むべき道において、自分をしっかり磨くことが大切だと感じています。また、運の巡り合わせを知り、不運にくじけないことも重要だと思います。
    上記のボストンへの留学中に始めた研究が、全く評価されることなく帰国した時には、医学研究や医療に対する情熱を一時失いかけていました。しかし、地域の関連病院の臨床の現場に戻って、当時「ステント治療が冠動脈疾患の予後を改善しない」などの現実を実感することによって、根本的な循環器疾患治療の開発に向けた情熱を取り戻すことができました。
    現在、日本の医療の現場では、経済的・社会的背景とも相まって、人間関係が希薄で医学研究や医療に対する情熱を失いかけている医師が増加しているように感じます。

    そこで、包括的な教育や先進的な医療、革新的な研究を行っていくことによって、多くの学生や研修医、シニア医師が有機的に集う魅力的な循環器内科教室を確立し、地域医療や先進医療、基礎研究などを含めて、自分で進むべき道をしっかり見極め、熱い志を持って邁進できる医師を育成していきたいと考えています。

  • References

    • Minamino, T., Mitsialis, S. A. & Kourembanas, S. Hypoxia extends the life span of vascular smooth muscle cells through telomerase activation. Mol Cell Biol 21, 3336-3342 (2001).
    • Minamino, T. et al. Targeted expression of heme oxygenase-1 prevents the pulmonary inflammatory and vascular responses to hypoxia. Proc Natl Acad Sci U S A 98, 8798-8803 (2001).
    • Minamino, T. & Kourembanas, S. Mechanisms of telomerase induction during vascular smooth muscle cell proliferation. Circ Res 89, 237-243 (2001).
    • Minamino, T. et al. Endothelial cell senescence in human atherosclerosis: role of telomere in endothelial dysfunction. Circulation 105, 1541-1544 (2002).
    • Minamino, T. & Komuro, I. Vascular aging: insights from studies on cellular senescence, stem cell aging, and progeroid syndromes. Nat Clin Pract Cardiovasc Med 5, 637-648 (2008).
    • Kunieda, T. et al. Angiotensin II induces premature senescence of vascular smooth muscle cells and accelerates the development of atherosclerosis via a p21-dependent pathway. Circulation 114, 953-960 (2006).
    • Miyauchi, H. et al. Akt negatively regulates the in vitro lifespan of human endothelial cells via a p53/p21-dependent pathway. Embo J 23, 212-220 (2004).
    • Sano, M. et al. p53-induced inhibition of Hif-1 causes cardiac dysfunction during pressure overload. Nature 446, 444-448 (2007).
    • Minamino, T. et al. A crucial role for adipose tissue p53 in the regulation of insulin resistance. Nat Med 15, 1082-1087 (2009).
    • Shimizu, I. et al. p53-induced adipose tissue inflammation is critically involved in the development of insulin resistance in heart failure. Cell Metab 15, 51-64 (2012).
    • Shimizu, I. et al. Semaphorin3E-induced inflammation contributes to insulin resistance in dietary obesity. Cell Metab 18, 491-504 (2013).
    • Yokoyama, M. et al. Inhibition of endothelial p53 improves metabolic abnormalities related to dietary obesity. Cell Rep 7, 1691-1703 (2014).

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